高速道路

江戸橋ジャンクション

1963年12月21日に首都高速初のジャンクションとして誕生した、中央区日本橋の日本橋川上空の交差点。都心環状線(C1)と複数の放射系路線が分合流する渋滞の名所として知られる。

江戸橋ジャンクション
写真: 国土交通省 / Attribution(1989年撮影の国土基本図航空写真) (Wikimedia Commons)

都市高速の夜明けに生まれた交差点

東京都中央区日本橋。隅田川の支流である日本橋川が静かに流れる街の上空に、首都高速の高架橋が幾重にも重なり合う一角がある。江戸橋ジャンクションだ。1963年(昭和38年)12月21日、この地点は首都高速道路として初めて誕生したジャンクションとして供用を開始した。高度経済成長の波を背景に、1964年東京五輪に向けた整備が急ピッチで進む中、都心環状線(C1)と放射系路線を初めて接続する結節点がここに設けられた。

日本橋川の上に架け渡された高架構造は、当時の東京が高速道路建設に注いだエネルギーをそのまま体現している。橋脚と桁が川面を覆うように連なる光景は、60年以上を経た今もほとんど変わることなく残り、昭和の都市開発が刻んだ記念碑のように中央区の空を占めている。橋の名が示す通り、かつてこの川には「江戸橋」という橋が架かっていたが、今やその名を冠した首都高の高架のほうが、はるかに大きな存在感で人々に知られている。

放射路線が集まる結節点

江戸橋JCTが渋滞の名所として広く知られてきた背景には、接続路線の多さがある。都心環状線(C1)に加え、1号上野線・6号向島線などの放射系路線が分合流するこの地点では、首都圏各方面への車の流れが一箇所に集中する。夕刻のピーク時には竹橋JCT方面まで渋滞が延びることがあり、長年にわたって都心の交通課題を象徴する地点として認識されてきた。

路線間に直接乗り継げない経路もあるなど、空間的な制約の中で複数の放射線を接続した構造は、都市高速網の黎明期に積み上げた技術の限界と野心を同時に示している。首都高の渋滞情報を伝えるニュースに江戸橋の名が出るたびに、東京の道路網がどれほど複雑な歴史の積み重ねの上に成り立っているかを実感させられる。

まとめ

江戸橋ジャンクションは、1963年12月21日に首都高速初のジャンクションとして中央区日本橋の日本橋川上空に誕生した。都心環状線と複数の放射系路線が交わるこの地点は、東京の都市高速網の原点として特別な意味を持つ。現在、隣接する日本橋川の上空では高架橋を撤去して地下に通す大規模工事が進行中であり(首都高 日本橋区間地下化事業)、完成すれば街の姿は大きく変わる見込みだ。今のうちに日本橋川沿いを歩き、昭和から続く高架の構造をじっくりと見上げておきたい。

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参考・出典

  • 江戸橋ジャンクション - Wikipedia (ja.wikipedia.org/wiki/江戸橋ジャンクション)
  • 川辺謙一「川の上で複雑に立体交差 江戸橋ジャンクション」note (note.com/kawaberry/n/n4ee50462ebd1)

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