首都高速都心環状線(C1)
皇居の周囲を環状に走る全長約14.8kmの首都高速路線。1962年12月の最初の開通区間から1967年の全通まで段階的に整備され、放射状路線の起点として首都高速ネットワーク全体の中核を担う。
皇居を取り巻く高架の環
東京都心の街路を歩くと、頭上を走る高架道路の存在に気づく。なかでも象徴的なのが首都高速都心環状線——通称「C1」あるいは「都環(とかん)」と呼ばれる路線だ。千代田区・中央区・港区を縫うように全長約14.8キロメートルにわたって環状に走り、皇居の外苑をぐるりと取り囲むかたちで首都高速ネットワーク全体のハブを担っている。
最初の開通区間は1962年12月。京橋から浜崎橋ジャンクションへ至る約2.7キロメートルの区間だった。東京オリンピック開催を控えた突貫工事は「空中作戦」の異名を持つほどの急ピッチで進み、その後も工事が続いて1967年に環状が閉じた。以来C1は、1号上野線・2号目黒線・3号渋谷線・4号新宿線・6号向島線をはじめとする放射状路線の起点として機能し続けている。
高架・掘割・トンネルが刻む都市景観
C1の構造で特筆すべきは、その立体的な多様性だ。日本橋川やお堀の水面を跨ぐ高架区間、楓川や築地川の跡地を利用した掘割区間、山の手の地形を貫くトンネル区間が交互に現れ、地面を直接走る区間はほとんど存在しない。川の上に道路を架けることで市街地の立ち退きを最小限に抑えたこの方式は、1960年代の都市インフラ整備が生み出した独特の解法だった。
その代償として生まれたのが、日本橋川上空を高架が覆う景観である。橋の上に道路が乗るという国際的にも珍しい状況を解消するため、現在は日本橋区間の地下化事業が進行中だ。銀座や霞が関の街並みの間を走る高架の光景は、昭和のインフラが今もなお現役で東京の日常を支えていることを伝えている。
まとめ
首都高速都心環状線(C1)は1962年から1967年にかけて段階的に開通した、全長約14.8キロメートルの環状路である。千代田区・中央区・港区の都心三区を取り囲み、首都高速ネットワーク全体の結節点として機能してきた。高架・掘割・トンネルが交互に現れる構造は、1960年代の東京が都市の中を高速道路で貫くために編み出した工夫を、今も街なかで体感できる場所といえる。
高架下の歩道から見上げるだけで、都市がいかに縦横の移動を重ねてきたかが実感できる。銀座や日本橋を散策するとき、ふと頭上を走る光の帯に目をやってみてほしい。
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参考・出典
- 首都高速道路株式会社 公式サイト ネットワーク案内 (shutoko.jp/use/network/map/route-c1/)
- 首都高速都心環状線 - Wikipedia (ja.wikipedia.org/wiki/首都高速都心環状線)
- 全長14.8km・1962年12月20日最初開通(京橋〜浜崎橋JCT 2.7km)・1967年全通はWeblio等複数ソースで確認