鉄道

上野駅

1883年(明治16年)開業、東北・上越・北陸新幹線と多数の在来線が集まる「北の玄関口」。地平・高架・地下の3層22番線を持つ複合構造と、行き止まり式の地平ホームが醸す独特の空気は、今も東京の鉄道風景の中で際立つ。

上野駅
写真: Ka23 13 / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)

東北への入口を守り続けた百年の構え

1883年(明治16年)7月28日、上野駅は日本鉄道の仮駅舎として産声を上げた。以来140年余、常に「北の玄関口」としての役割を担いながら、幾度もの改修と増築を重ねてきた。現在の駅舎は1932年(昭和7年)竣工の二代目で、砕石入りモルタル仕上げの外壁と対称的なファサードが昭和初期のモダニズムを今に伝えている。

上野駅の構造は「地平・高架・地下」の3層に分かれ、計22番線を有する。高架ホーム(1〜12番線)は山手線・京浜東北線をはじめとする環状・通過列車が使い、地下のホーム(19〜22番線)は東北・上越・北陸・北海道の各新幹線が発着する。そして最も印象的なのが地平ホーム(13〜17番線)だ。線路が行き止まりとなる頭端式の構造で、宇都宮線・高崎線・常磐線の列車が折り返す。

この3層構造が生まれた背景には地形がある。駅の北側にすぐ「上野の山」が迫るため、水平方向への拡張が難しく、縦方向に機能を積み上げることで増え続ける路線・列車に対応してきた。東京の駅がしばしば地下空間に頼るのに対し、上野駅は地平・高架・地下を同時に使う独自の立体解法を選んだ。

寝台特急が去り、直通時代へ

かつての上野駅は、東北・信越・北陸を目指す特急・急行の始発駅として、東京の都市生活と地方をつなぐ人の流れの集積点だった。昭和の高度成長期には帰省客が地平ホームを埋め尽くし、「集団就職列車」の到着ホームとして都市の側に立った時代もあった。ブルートレインを代表とする寝台特急も上野発着を誇り、13番線は「北斗星」など夜行列車の記憶が濃く刻まれている。

転機となったのは2015年(平成27年)の上野東京ライン開業だ。宇都宮線・高崎線・常磐線の列車が上野駅止まりから東京駅・品川駅方面への直通へと切り替わり、地平ホームへの到着本数は大きく減少した。長距離列車が上野で折り返すスタイルから、都心を貫いて南下するネットワークへ。「上野始発」という概念が薄まるなかで、地平ホームの頭端式という構造だけが、かつての終着駅の風格を静かに物語っている。

まとめ

上野駅は1883年開業、現駅舎は1932年竣工の台東区を代表するターミナルだ。3層22番線の複合構造と行き止まり式の地平ホームは、上野の山という地形が生んだ唯一無二の解答といえる。2015年の上野東京ライン開業以降、機能の重心は変化したが、地平ホームに立って線路の末端を眺めると、何十年もの旅の記憶が空気の中に漂うように感じられる。上野公園の散策と合わせて、ぜひホームの端まで歩いてみてほしい。

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参考・出典

  • 上野駅 - Wikipedia日本語版(1883年7月28日開業・現駅舎1932年竣工・地平13〜17番線 頭端式・高架1〜12番線・地下新幹線19〜22番線)
  • HOMES「山手線の魅力を探る・上野駅1・2」(明治16年開業・昭和7年現駅舎・3層構造・上野の山が拡張妨げた経緯)
  • 鹿島建設「第7回 上野駅の歴史」(1932年現駅舎完成・昭和モダン外観)
  • 三井住友トラスト不動産「このまちアーカイブス・上野」(東北の玄関口としての役割・上野東京ライン2015年開業で変化)

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