東京モノレール
1964年9月17日、東京オリンピック開幕の23日前に開業した日本初の空港連絡鉄道。モノレール浜松町から羽田空港第2ターミナルまで17.8km・11駅を結ぶ跨座式モノレールで、現在はJR東日本の完全子会社として運営されている。
東京オリンピック23日前、羽田を都心に結んだレール
1964年9月17日、モノレール浜松町から羽田空港へと向かう一本の高架軌道が開業した。東京モノレールである。開業は同年の東京オリンピック開幕から23日前のことで、日本初の空港連絡鉄道として選手団や訪日客の輸送を担う役割を果たした。首都高速の延伸もまだ途上にあった時代に、鉄道よりも速く、バスよりも確実に空港へ向かう交通機関が東京に誕生した。
路線の形式は跨座式(アルウェーグ式)モノレール。大きな軌道桁をまたぐようにして車両が走る仕組みで、日立製作所がドイツのALWEG社からライセンスを取得して製造した。モノレール浜松町駅から羽田空港第2ターミナル駅まで全11駅・17.8キロメートルを結ぶ。最高速度は80km/hで、工場地帯や流通施設・整備場といった東京湾岸の産業風景を車窓に映しながら南下する走行空間は、他の路線にはない独特の表情を持っている。着工は1963年、わずか約16ヶ月という短工期での完成だった。
60年の変容と、JR東日本への合流
路線の歴史には、東京湾岸の変化がそのまま刻まれている。1967年に整備場駅、1969年に流通センター駅、1985年に昭和島駅と、沿線の産業施設に合わせて駅が順次追加された。1992年には再開発が進む湾岸エリアとの接続として天王洲アイル駅が開業した。2002年にJR東日本が経営権を取得し、2023年8月にはJR東日本の完全子会社となった。羽田空港側でも長年にわたってターミナルの整備が続き、現在は第1・第2・第3の各ターミナルに直結する駅が置かれている。
浜松町駅の改札を出ると、眼前には竹芝の方角へと続く再開発街区が広がる。羽田に近づくにつれ、格納庫の屋根と大型旅客機のシルエットが車窓を埋め、滑走路の向こうに東京湾が見える。都心の玄関口と空港をつなぎ、その間に東京の産業の歴史を挟み込んだこの路線は、乗り通すだけで湾岸エリアの地形と用途の変遷を体感できる走行体験だ。
まとめ
東京モノレールは1964年9月17日に日本初の空港連絡鉄道として開業し、以来60年以上にわたってモノレール浜松町〜羽田空港第2ターミナル間17.8km・11駅を結んでいる。跨座式のアルウェーグ方式を採用し、現在はJR東日本の完全子会社として運営される。羽田を利用する機会があれば、快速列車に乗って車窓から東京湾岸の産業景観をゆっくり眺めてみてほしい。
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参考・出典
- 東京モノレール羽田空港線 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%AB%E7%BE%BD%E7%94%B0%E7%A9%BA%E6%B8%AF%E7%B7%9A
- 東京モノレール公式 モノレールヒストリー https://www.tokyo-monorail.co.jp/fun/history.html
- 東京モノレール公式 会社概要 https://www.tokyo-monorail.co.jp/company/profile.html