オフィスビル

豊洲センタービル

1992年竣工の地上37階・高さ165メートルの超高層オフィスビル。IHIが豊洲工場敷地の業務転換の第一手として日建設計に設計を委ね建てた、豊洲エリアで最初の超高層建築。

豊洲センタービル
写真: Tennen-Gas / CC BY-SA 3.0 (Wikimedia Commons)
用途
オフィスビル
エリア
江東区
竣工
1992年
階数
地上37階/地下2階
高さ
165m
開発
IHI(石川島播磨重工業)
設計
日建設計

IHIの工場から生まれた、豊洲初の超高層

1992年10月、東京都江東区豊洲に地上37階・地下2階建て、高さ165メートルの超高層オフィスビルが竣工した。豊洲センタービルだ。IHI(石川島播磨重工業)が建築主となり、日建設計が設計を担当、清水建設をはじめとするゼネコン共同企業体が施工した。竣工した1992年当時、豊洲エリアに超高層と呼べる建物はほぼ存在せず、このビルは豊洲の都市開発を先導するシンボルとして計画された。

建設の背景はIHI東京工場の変容と重なる。かつて石川島播磨重工業の工場群が広がっていた豊洲では、1970年代ごろから重工業部門の縮小とともに広大な工場用地が遊休化しはじめた。その転換の第一歩として、従業員グランドの跡地を利用したのが豊洲センタービルの建設だ。単なる業務ビルにとどまらず、豊洲という地域が産業都市から複合都市へ変わるプロセスの起点として位置づけられた経緯がある。

豊洲再開発の三十年を見届ける

竣工当時、豊洲駅を通るのは東京メトロ有楽町線のみで、周辺の交通インフラは現在と比べると非常に限られていた。その後、2006年にゆりかもめが豊洲まで延伸されると、大規模な住宅・商業開発が加速した。豊洲市場が2018年に開場し、タワーマンション群が次々と建ち並ぶ現在の豊洲の姿は、1992年時点では想像するのも難しかっただろう。

豊洲センタービルは現在もオフィスビルとして稼働し、高層棟のシルエットは竣工時の堂々とした存在感を保っている。周囲に超高層マンション群が生まれ、豊洲市場や商業施設が整備された今、1992年に先駆けて立ったこのビルを街の文脈の中で改めて見ると、豊洲三十年の変貌が一棟に凝縮されているように感じられる。IHIという産業遺産の記憶を土台に、都市の未来を射程に入れた建物がここにある。

まとめ

豊洲センタービルは1992年竣工、地上37階・高さ165メートル。IHIが豊洲工場の業務転換の第一手として計画し、日建設計の設計で建てられた豊洲最初の超高層だ。現在の豊洲の繁栄から振り返ると、このビルが将来の街の姿を最初に予告していたといえる。豊洲駅から足を延ばして、その揺るぎない存在感を確かめてほしい。

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参考・出典

  • 豊洲センタービル - Wikipedia(地上37階・地下2階・高さ165m・1992年10月竣工)
  • 清水建設 施工実績 豊洲センタービル(江東区豊洲3-3-3・建築主:IHI・設計:日建設計)
  • IHI 2005年度ニュースリリース(IHI東京工場の業務転換・豊洲センタービル建設の背景)

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