鉄道

東京駅丸の内駅舎

1914年に竣工した辰野金吾設計の赤煉瓦建築。2003年に国の重要文化財に指定され、2012年には南北両ドームと3階建て外観が創建時の姿に復原された。

東京駅丸の内駅舎
写真: MaedaAkihiko / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)

辰野金吾が描いた赤煉瓦の顔

1914年(大正3年)、東京・千代田区丸の内に一棟の駅舎が開業した。設計を手がけたのは辰野金吾——明治から大正にかけて日本の近代建築を牽引した建築家だ。赤レンガと白御影石の水平縞が連なる左右対称のファサードは、ヨーロッパの大ターミナル駅を参照しながら日本の首都の玄関口にふさわしい格式を備えたものとして評価された。

構造は鉄骨煉瓦造(一部は鉄筋コンクリート造・鉄骨造を含む)の3階建て。南北両端に半円形のドームを頂く左右対称の姿は、明治・大正期の西洋建築技術が日本の職人技と組み合わさった産物だ。延床面積は約4万3000平方メートルにおよび、創建当時の日本の大規模建築のひとつに数えられる。

戦災と復原——百年の時を超えた再生

しかし1945年(昭和20年)、駅舎は戦禍に見舞われる。南北両端のドームと屋根・内装が焼失し、戦後の復興においては3階建てを2階建てに改めて建て直された。以来60年余、創建時の姿とは異なる形で東京の玄関口としての役割を担い続けた。

転機は2003年(平成15年)の国の重要文化財指定だ。建物の文化的価値が公的に認定されたことを受け、保存・復原工事が本格的に動き始める。工事は2007年に着工し、地下に新たな免震装置を組み込む大規模な工事を伴いながら進められた。そして2012年(平成24年)、南北両ドームが再建され3階建てのファサードが蘇った。創建から約100年を経て、辰野金吾が描いた赤煉瓦の顔がふたたびこの場所に立ったのである。

免震工法の採用は、歴史的建造物を現役の鉄道駅として維持しながら地震対策を施すという難題を克服した点でも注目された。保存と現代技術の融合という観点から、建築・土木の両分野でこの工事は広く参照されている。

まとめ

東京駅丸の内駅舎は1914年(大正3年)竣工、辰野金吾設計の鉄骨煉瓦造3階建て建築だ。延床面積は約4万3000平方メートル。戦災による焼失と2階建てへの縮小を経て、2003年の重要文化財指定を機に保存・復原工事が進められ、2012年に創建時の姿を取り戻した。

赤煉瓦のファサードの前に立つと、1914年から積み重なった時間の重みを感じる。丸の内仲通りを歩いた帰りに、改めてこの正面ファサードに向き合ってみてほしい。

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参考・出典

  • 東京駅(Wikipedia日本語版)—1914年竣工・辰野金吾設計・鉄骨煉瓦造3階建て・1945年南北ドーム焼失・2003年重要文化財指定・2012年復原完成
  • 鹿島建設 東京駅丸の内駅舎保存・復原工事(kajima.co.jp)—免震工法・延床約43,000m²
  • 人と建設と未来ラボ(mirai.kentsu.co.jp/legacy/345/)—延床約43,000m²・2007年着工・2012年完成

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