オフィスビル

中銀カプセルタワービル

黒川紀章が設計した1972年竣工のメタボリズム建築の代表作。140個の交換可能なカプセルを2本のコアに取り付けた構造で、世界初の恒久使用を前提とするカプセル建築とされる。2022年に解体されたが、保存された23個のカプセルは今も世界各地で生き続けている。

中銀カプセルタワービル
写真: Dllu / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)
用途
オフィスビル
エリア
中央区
竣工
1972年
階数
地上13階/地下1階
高さ
54m
延床面積
約3,091㎡
設計
黒川紀章

銀座に出現した宇宙船

東京都中央区銀座8丁目、幹線道路沿いのビル群のなかに、1972年、まったく見たことのない建物が姿を現した。中銀カプセルタワービルである。設計は黒川紀章。地上13階(A棟)・地下1階・高さ約54メートルと規模は決して大きくはないが、建物の外壁にびっしりと取り付けられた小さな直方体の箱——それぞれに丸窓を持つカプセルの群れ——は、銀座という成熟した街並みに対してまったく異質な「別世界」をつき付けた。

A棟とB棟、2本のコンクリートコアに、140個のカプセルが4本の高力ボルトによって固定された構造をもつ。延床面積は約3,091平方メートル。各カプセルは独立した居室として機能し、幅約2.3メートル・奥行き約3.8メートルの空間に、内蔵デスクや折りたたみベッド、丸窓つきの壁が収まっていた。黒川紀章はこれを「都市のセカンドハウス」——働く人が仕事後に宿泊できる場所——として構想した。

メタボリズムの夢と現実

黒川紀章は、1960年代に日本で興ったメタボリズム(新陳代謝)という建築運動の旗手のひとりだった。生物が細胞を入れ替えるように、建築もその部品を交換・更新し続けられるという思想を具現化しようとしたのが、この建物である。カプセルの交換可能性がその中核にあり、「世界初の恒久使用を前提とするカプセル建築」と称された。

しかし実際には、竣工から半世紀のあいだ、カプセルは一度も交換されることがなかった。老朽化と維持費の問題、アスベスト対策の困難、複雑化した区分所有権——さまざまな要因が絡み合い、保存か解体かをめぐる議論は長年続いた。国際的な建築・保存コミュニティから注目を集めながらも、2022年4月、解体工事が始まった。

解体前後には140個のカプセルのうち23個が「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」によって取り外された。アスベスト除去と修復を経て、ニューヨーク近代美術館(MoMA)などの文化機関を含む各所へと旅立ったとされる。建物そのものは銀座の街から消えたが、カプセルという単位が世界各地で展示・保存されることで、その思想は別の形で続いている。

まとめ

中銀カプセルタワービルは1972年竣工、黒川紀章が設計したメタボリズム建築の代表作である。地上13階・高さ約54メートルのコアに140個のカプセルが連なる外観は、日本の近代建築史に残る異形として語り継がれている。2022年に解体されたが、保存された23個のカプセルはその思想を世界へ届ける器として息を吹き返している。

かつてこの建物が立っていた銀座8丁目を歩けば、今はそこに何もない空が広がっている。都市が更新され続けることを、この建物の不在が静かに証明している。

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参考・出典

  • 中銀カプセルタワービル - Wikipedia(竣工1972年・黒川紀章設計・A棟13階B棟11階・地下1階・カプセル140個・延床3091.23m²・解体2022年4月)
  • SKYDB(高さ54m)
  • 中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト(保存カプセル23個)
  • 中央区銀座8丁目16番10号(中央区 近代建築物調査)

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