日本橋
1911年竣工の石造二連アーチ橋。橋の中央に日本国道路元標が埋め込まれ、全国の道路距離の起点を担う。1999年に国の重要文化財に指定。上空には首都高速の高架が覆うが、地下化工事が始まっており2040年代に青空が戻る予定。
- 用途
- オフィスビル
- エリア
- 中央区
- 竣工
- 1911年
- 開発
- 東京市
- 設計
- 米元晋一(東京市橋梁課)・妻木頼黄(意匠)
五街道の起点、石に刻まれた都の中心
日本橋川にかかる日本橋は、1911年(明治44年)に竣工した石造二連アーチ橋だ。橋長49メートル、幅約27メートル。橋台と橋脚には山口県産の石材が用いられ、アーチ部と路面には稲田石が使われた。構造設計は東京市橋梁課の米元晋一が担い、欄干に彫られた獅子像・麒麟像などの意匠は建築家の妻木頼黄が手がけた。土木技術者と建築家・彫刻家が一体となって設計した、明治期を代表する装飾橋梁として知られる。
橋の中央には「日本国道路元標」の銅板が埋め込まれている。これは全国の国道の起点であり、道路距離の基準点(いわゆるキロポイントゼロ)だ。江戸幕府が五街道の起点と定めた場所を、明治政府が踏襲して近代の制度へと引き継いだ。橋を渡りながら足元を見ると、小さな銅板がひっそりと「ここが始まりだ」と告げている。
頭上の高架が消えるとき
1999年(平成11年)、日本橋は国の重要文化財(建造物)に指定された。明治期の石造アーチ道路橋として技術・意匠の両面で高く評価される橋だが、長らく頭上の景観に悩まされてきた。1963年、首都高速道路の高架橋が日本橋川の上に建設されたからだ。以来60年以上、石橋の上には高速道路が影を落とし続けた。
その高架を地下に移す工事が今まさに進んでいる。神田橋ジャンクションから江戸橋ジャンクションまでの約1.8キロメートルを地下化する「首都高速道路日本橋区間地下化事業」だ。大成建設が担うシールドトンネル工事は2024年(令和6年)3月に着工し、2035年度の地下開通、2040年度の高架撤去完了が目標とされている。百年以上この場所を見守った石橋が、いつか再び青空の下に現れる日が近づいている。
まとめ
竣工1911年・橋長49メートル。日本橋は明治期の石造技術と建築意匠が一体となった道路橋で、1999年に重要文化財に指定された。全国の道路の起点として、江戸時代から変わらずこの場所に立ち続けている。
橋を渡るときは、欄干に手をかけて麒麟の像を近くで眺めてほしい。翼を広げた麒麟は「文明開化の日本が飛躍する」という意味が込められているとされる。近くには日本橋三井タワーが建ち、重要文化財の三井本館と超高層が並ぶ景観を楽しめる。首都高の地下化事業の詳細は首都高 日本橋区間地下化事業にまとめている。
周辺への宿泊には楽天トラベルでお探しください。
関連リンク
PR※ 以下のリンクには広告(アフィリエイト)が含まれます。リンク先での購入・予約により当サイトが収益を得る場合があります。
参考・出典
- 日本橋(東京都中央区の橋) - 日本語Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/日本橋_(東京都)
- 文化遺産オンライン(文化庁)https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/147271
- 中央区公式サイト 国指定重要文化財 https://www.city.chuo.lg.jp/a0052/bunkakankou/rekishi/kunibunkazai/030621.html
- 首都高速道路日本橋区間地下化事業 概要 https://www.shutoko.jp/ss/nihonbashi-tikaka/overview/
- 橋幅: Wikipediaでは27.3m、文化遺産オンライン等では28mと差異あり。本文は「約27メートル」と記載