聖橋
1927年(昭和2年)竣工の鉄骨コンクリートアーチ橋。橋長79.3メートル・幅員22メートル。関東大震災後の帝都復興事業で整備された震災復興橋梁で、両岸のニコライ堂・湯島聖堂にちなみ公募で命名された。2017年に土木学会選奨土木遺産に認定。
- 用途
- 橋
- エリア
- 千代田区
- 竣工
- 1927年
- 開発
- 内務省復興局
- 設計
- 山田守(意匠)・成瀬勝武(構造)
二つの聖堂をつなぐアーチ橋
千代田区の神田川上、東京都道403号本郷通りが神田川と外堀通りをまたぐ地点に聖橋は架かっている。1927年(昭和2年)に竣工した鉄骨コンクリートアーチ橋で、橋長は79.3メートル、幅員22.0メートル。神田川に張り出すアーチの径間は36.3メートルに達する。関東大震災後の帝都復興事業の一環として内務省復興局が整備した震災復興橋梁のひとつだ。
橋の名前は公募によって選ばれた。南岸の千代田区駿河台側にはロシア正教会の「ニコライ堂(日本ハリストス正教会東京復活大聖堂)」が緑青色のビザンティン様式ドームを掲げ、北岸の文京区湯島側には儒学の廟堂「湯島聖堂」がそびえる。キリスト教と儒教という性格の異なる二つの「聖堂」を「聖」の一字で結ぶ命名は、東京の地名の詩的な凝縮だ。竣工後には千代田区の景観まちづくり重要物件(2007年指定)となり、2017年には土木学会選奨土木遺産にも認定された。
放物線アーチが解いた難題
意匠設計を担ったのは、分離派建築会の創立メンバーとして知られる建築家・山田守だ。構造設計は土木技術者の成瀬勝武が手がけた。成瀬は放物線形のアーチリブを採用することで橋脚基礎への水平力を最小化し、神田川の渓谷状の地形での施工を合理的に解いた。鉄骨を骨格としてコンクリートで被覆した「鉄骨コンクリートアーチ橋」という構造は、竣工当時、世界最大級ともいわれた規模のものとされる。
橋の上に立つと、眼下でJR中央線・総武線・東京メトロ丸ノ内線の3路線が立体交差する光景に出会う。御茶ノ水駅のホームと電車が神田川の川面上に重なるこの眺めは、鉄道写真愛好家の定番スポットとして広く知られている。1920年代の構造技術と現代の都市交通が一点に重なるこの場所で、聖橋はいまも現役の橋として東京の地層を透かして見せる。
まとめ
1927年竣工、橋長79.3メートル・幅員22メートルの鉄骨コンクリートアーチ橋。帝都復興事業の産物として生まれた聖橋は、ニコライ堂と湯島聖堂という二つの聖堂を結ぶ名前とともに、百年近くを経た今も神田川の景観を支えている。御茶ノ水駅からすぐの場所に橋はある。同じく歴史を刻む道路橋の日本橋や、隅田川の可動橋勝鬨橋と見比べると、近代日本の橋梁史の広がりが実感できる。周辺の宿泊には楽天トラベルをご活用ください。
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参考・出典
- 千代田区景観まちづくり重要物件台帳(番号44 聖橋)https://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/machizukuri/kekan/documents/44hijiribashi.pdf
- 土木学会 選奨土木遺産 聖橋(2017年認定)https://committees.jsce.or.jp/heritage/node/944
- ミツカン水の文化センター「帝都復興における橋とデザインの思想」https://www.mizu.gr.jp/kikanshi/no47/02.html
- 橋長は79.3mと92.0m(計測範囲の違いによる差異)の双方の記述あり。本文は79.3mを採用
- 座標: Wikidata Q11611065
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