マンション

大川端リバーシティ21

石川島播磨重工業(現IHI)東京工場跡地に整備された大規模ウォーターフロント住宅街区。1986年着工・1989年初入居から約20年かけて超高層棟7棟・高層棟5棟が完成し、住宅約2,500戸を擁する湾岸タワーマンション開発の先駆けとなった。

大川端リバーシティ21
写真: kentin / CC BY-SA 3.0 (Wikimedia Commons)
用途
マンション
エリア
中央区
開発
三井不動産・住宅都市整備公団・東京都・東京都住宅供給公社

IHI東京工場の跡地に生まれた水辺の街

東京都中央区佃。隅田川が東京湾へと注ぐ河口部に近いこの土地は、かつて石川島播磨重工業(現・IHI)の東京工場が占めていた。造船・重機の製造拠点として長く機能してきた広大な敷地は、1980年代初頭に移転・閉鎖の時を迎える。その跡地を舞台に生まれたのが「大川端リバーシティ21」だ。三井不動産・住宅都市整備公団・東京都・東京都住宅供給公社の4者が推進した「特定住宅市街地総合整備促進事業」として1986年に着工し、1989年には最初の住戸への入居が始まった。以後、約20年にわたって段階的な建設が続けられ、超高層棟7棟・高層棟5棟に文化・商業・教育施設が加わった街区全体が完成したのは2010年のことだ。

超高層棟が順を追って立つ、湾岸住宅開発の先駆け

1991年にシティフロントタワーが竣工すると、1993年にスカイライトタワーが続いた。湾岸エリアにタワーが連なるという光景は、当時の東京ではまだ珍しい風景だった。街区の総仕上げとなったセンチュリーパークタワーは1999年3月に竣工し、地上54階・地下3階、高さ約180m・756戸という規模で北端の隅田川沿いにそびえる、街区のランドマークとなった。

街区の特徴は建物の高さだけではない。隅田川に面した護岸は緩傾斜型に整備され、川岸に近づきやすい親水空間が生まれた。石川島公園や佃島の歴史ある街並みとも連なるこのエリアは、工場跡地をそのまま高層住宅街へと転換した他の臨海開発とは異なる、落ち着いた水辺の雰囲気を持つ。住宅の総戸数は約2,500戸にのぼる。

まとめ

IHI東京工場の跡地から出発した大川端リバーシティ21は、1986年の着工から約20年をかけて形成された東京の大規模ウォーターフロント住宅街区だ。超高層棟7棟・高層棟5棟が段階的に完成し、住宅約2,500戸が隅田川沿いに並ぶ景観は、後に続く湾岸タワーマンション開発の先駆けとなった。月島の商店街を抜けて佃へと歩き、川沿いの遊歩道から対岸に伸びる棟群を眺めると、この地が積み重ねてきた変化の大きさが実感できる。

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参考・出典

  • 大川端リバーシティ21 Wikipedia(着工1986年・初入居1989年・全体完成2010年・超高層棟7棟・高層棟5棟・住宅約2500戸・開発4者)
  • 三井住友建設実績(https://www.smcon.co.jp/works/2013/03223037/)—センチュリーパークタワー1999年3月竣工・地上54階・地下3階・756戸
  • 各種住宅情報サイトでセンチュリーパークタワーの高さ約180mを確認
  • シティフロントタワー1991年・スカイライトタワー1993年竣工は検索結果(超高層ビル部ほか)より確認

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